■畳は遮音材&空気の浄化材
畳は、さまざまな音を吸収してくれる空気層を持つ床材です。ですので、断熱効果があると同時に、遮音材として用いることで、階下へ伝わる響きの対策のひとつになります。マンションなどでも置き畳を使うことで、音が和らぐということもあるようです。
イグサは空気を清浄化させる作用も持っています。いわゆる自然の力の空気清浄器なのです。
新しい畳の香りは癒し効果も絶大です。
■人気の琉球畳
「琉球畳」は、三角イグサの青表(琉球表)を用いたもののこと。最近は縁のない、すっきりとしたデザインが受けているようで、半畳のサイズのものを市松敷きにしたり、洋間に合わせたりしたデザインがよく見られます。
参考資料:全国畳産業振興会PF
たたみ新聞社
■進化する畳表
時代と共に変化する畳表。普通の座敷にも使える
様々な色調の畳表がそろっています。
白っぽい物は空間を明るく演出。
赤みを帯びた物は温かみを感じさせ、
黄味を帯びた物は壁との調和感をもたらします。
■畳のサイズは地方によって様々。
| 区分 |
名称 |
概要 |
柱
間
寸
法
に
よ
る
区
分 |
京間(本間) |
95.5x191.0x5.5cm
主に、近畿・中国・四国・九州で使用 |
| 中京間(三六間) |
91.0x182.0x5.5cm
主に、愛知・岐阜・三重で使用 |
関東間(五八間)
江戸間・田舎間 |
88.0x176.0x5.5(または6.0)cm
主に、静岡以北で使用 |
| 団地間 |
五八間より小さい
一定の基準はないが、85x170センチ位 |
■畳表に使われるイグサは、4,000本以上。様々な工程に『快適』を生み出す工夫があります。
畳の材料のイグサは、多年生の植物。
熊本、広島、岡山、福岡、高知などを中心に栽培されています。
イグサの苗の手植えは真冬にスタート。
春、新芽の発育を促す為にイグサを45cmほどの長さに切り揃える
先刈りという作業を経て、夏1.5m程になったのもを刈り取ります。
畳表の製作過程ではじめに欠かせないのが泥染め。これはイグサの独特の色・艶、そして香りを引き出す
ために行われます。そして機械畳表に編んでいく作業。畳一帖分に使用されるイグサはやく4.000〜5.000本
高級なものになると、7.000本ものイグサが使われます。経糸は主に麻糸と綿糸で、高級品にはマニラ麻糸が
使われます。畳一帖分、2m8cmの長さの糸が136本も使われ、一時間弱で編み上げられます。
■住まいや生活に合わせて選べる畳の豊富なバリエーション
畳の基本サイズは、上記の表のように京間や江戸間のように様々あります。
最近人気なのが、畳の縁を取った畳。さらに半畳サイズにして洋間に敷き詰めるスタイルが
増えてきています。
畳床の種類も大分すると三種類。稲藁の他に、工場生産による木質系の
インシュレーションボードや、プラスティック系のポリスチレンフォームを素材にした各種畳床が
あり、住まいの条件や用途に合わせて選べます。畳表は経糸の素材別に麻経糸表、綿経糸表
特殊表があり、またイグサの品質や本数によっても種類があります。
さらに最近では、ポリプロピレン等の化学繊維や和紙などを使った畳表も登場しており、これらの
素材によって価格も様々です。
■日本ならではの敷物『畳』が貴族階級から庶民へと普及するまで
中国伝来のものが多い中で、畳は日本固有の敷物。
その歴史は『菅畳八重』『皮畳八重』などの記述がある古事記まで遡ります。
まだ畳床などはなく、コモの敷物を重ねたものと推測されます。
現在の畳に似た構造になったのは、平安時代。板敷に座具や寝具として置くという使い方で、
使う人の身分によって畳の厚さや、縁の柄・色が異なりました。
鎌倉時代から室町時代にかけ、書院造が生まれて、部屋全体に畳を敷き詰める使い方に発展しました。
それまでは、高貴な人や客人のもてなしのためのものでしたが、建物の床材として利用されるようになったのです。
しかしそうした使い方も貴族や武士の富の象徴。桃山時代さらに江戸時代に至る中で、数奇屋造や茶道が発展して普及し、
徐々に町人の家にも畳が敷かれるようになりました。それでも、身分による畳の制限の風習は残り、庶民が使用できるようになったのは、
江戸時代中期以降。畳師・畳屋と呼ばれる人々が活躍し、畳干しする家々の光景があちこちで見られるようになりました。
新しい畳の香りは、なぜが郷愁を誘います。
畳の歴史は古く「古事記」の中に記されているほど。
平安時代には、貴族や高官が権力を象徴するための「置き畳」として使用。
やがて茶道の発展に伴い正座文化が生まれ、江戸時代には、
「御畳奉行(おたたみぶぎょう)」という役職が作られるほど重要なものとなり、
畳職人制が確立されたのもこの頃です。
近年日本人のライフスタイルは洋風化が人気のようでしたが、
このところ「畳」の健康が見直され、洋と和の文化が程良く融合されてきているようです。
そこで、機械化の波に押されながらも”職人の目と腕と心意気”にこだわり続けている
畳屋でありたいと思っております。